昨夜、21日夜、東京より我が家に戻ってまいりました。
今回は1週間の旅でしたが、移動距離が長くて大変でした。
先週の金曜日に京都に向かい土曜日に京都教室を終え、その足で東京に向かいました。
移動は日曜日でも良かったのですが、日曜日の朝8時から浜松、静岡間で不発弾の
移送を行うため二時間ほど新幹線の運転を見合わせるという情報が入ったので
急遽前夜に東京入りを決めました。
移動の回数が多いと常に情報には注意しないと自分が困ります。
日曜日に栃木県の宇都宮で特選会の講義を行いました。
その模様は各教室で話をしたいと思います。
その夜は全員で日光鬼怒川温泉に泊まりました。
翌日は特急で大宮まで戻り大宮から長野新幹線で長野に向かい長野から長野電鉄で
湯田中渋温泉に行き、行きつけの春蘭の宿さかえやで、つかの間の休息をいたしました。
翌日は長野から特急しなので名古屋に向かいました。
途中松本、塩尻、木曽を経て名古屋へ所要時間3時間です。
車窓から見えるのは白一色の雪景色です。
そして夜は名古屋教室を行い終了後に東京に向かい品川に着いたのが23時30分でした。
翌日20日には東京教室を行い、最終日の21日に飛行機が出発するまでに大好きな
寅さんの住む葛飾柴又に行き、夜遅くに九州へ戻ってまいりました。
今回もいろんな事がありましたが京都教室が終わって京都駅へ向かう途中携帯に
電話がかかってきました。
電話の声は30年ほど前に少年剣道を指導していたころの教え子でした。
その子の父親は高校の同級生で福岡県警の警察官で鑑識係に永年勤めていましたが
晩年はC型肝炎が悪化して療養中でした。
そういう事情もあり、その時に電話の内容はピンときました。
『昨日、午前0時過ぎに父が肝臓ガンで亡くなりました』
15日の午前0時過ぎといえば65歳になりましたという投稿をした時間です。
投稿した時間には彼はもうこの世にはいなかったのです。
古い友人が他界したという事を聞くとやはり心が揺れます。
そろそろ何があってもおかしくはない年齢に達したのだなあと、ひしひしと
命というものを考えされます。
かと思えば先日の京都教室に例の透析のご婦人が広島からお見えになりました。
昨年12月に今すぐにでも透析を始めないと命が危ないよと宣告をされ、その後
京都教室でヒーリングを行って1月に再度検査をしたところ透析は1年後でいいと
言われ2月に再度検査をしたところ、もう透析はしなくていいと太鼓判を押されました。
もちろん同じドクターです。
そんな時の医師の心の中をのぞいてみたいものです。
ちなみに彼女は80歳、これもご縁です。
又、京都教室には難病といわれるクローン病で苦しんでいる高校生の男子が入会して
きましたが彼もいい方向に向かっており、このように年頭に宣言した難病にチャレンジ
するという目標がひとつずつ達成していく事に喜びを感じています。
今回も一週間ぶりなので長くなってしまいました。
又、詳細は教室でのお楽しみです。
さかえやの露天風呂と特急しなのからの日本3大車窓と言われる長野の街の雪景色です。
この渋温泉の上の方に猿が温泉に入る事で有名な地獄谷というところがあり、猿は温泉街の
露天風呂にも出没します。






葛飾柴又の駅の前にはいつも寅さんがいます。
駅前の駄菓子屋で懐かしいブロマイドを見つけました。
ボンカレーはここにも売っていました。




