前回、難病に苦しむYさんの事を書きました。
詳しい内容を書くと長くなるので詳細は教室でと、先ず先日の福岡教室で話を
いたしましたが今回は、みなさんにも一石を投じたいと思い書くことにいたしました。
彼がいた、その教室は10名ほどのメンバーで勉強を続けており、私としても
経営的には不採算の教室でしたが、みなさん熱心に勉強をされているので、不採算でも
経営を度外視して、教室を続けていました。
しかし、3年前10名の内4名の方が突然去っていきました。
そして、難病の彼にも、このままでは教室の継続が難しいとの事を告げましたが、
黙って去っていきました。
九州からの交通費、会場費など、諸々の経費を考えると、6名の教室など
ありえないのですが残った6名の方が、かわいそうで、よしこうなったら最後の
一人になっても意地でも続けると腹をくくりました。
あれから3年、今回の一件です。
人間は困った時の神頼みで過ぎ去った過去の事など、おかまいなし、なりふり構わず
すがりついてきます。
特に彼の難病はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と、同じ種類で現代の
医学では治療法はありません。
それでも断ったら相手の心に遺恨が残ります。
今までも無理な頼みを断ったために、遺恨を残すという理不尽な経験を、いやというほど
味わってきました。
京都のイエス様とまで、あがめられ深く親交を重ねた家族が、ある日を境にプッツリと
連絡を断ってしまう、そして事情が分からないまま、こちらの問いかけには一切
応えなくなるという、形は違っても、このような経験を数え切れないほどしてきました。
原因が分かれば誤れば済む事ですが、何が何だか全く訳が分からず一方的に連絡を
遮断され誤ろうにも誤りようがありません。
しかし、人間というのは、そんなもんです。
ですから、そのような経験を重ねる度に私の心の扉も分厚いものになってきました。
この仕事に関わって40年、人間というものに、ついて博士号をもらっていいくらいの
勉強をしてきました。
いや、させられたという方が的確かもしれません。
難病の彼の件では、みなさんにも一石を投じ考え方を聞きたいものです。
前回報告した糖尿病からの失明が徐々に回復していくようなケースのように
この気の世界は何が功を奏するか、これからもどのような可能性を秘めているのか
想像もできません。
今後、医学では不可能と言われる難病にチャレンジしたいと思っています。
しかし、この素晴らしい気の世界と言えども駆使するのは人間であり、感情のない
機械でありません。
このように機械とかと違って、人間には感情というものがあり、ましてや
ブッタやキリストでもありません。
私も普通の人間です。
邪念や欲望にさいなまれます。
しかし、後数ヶ月で67歳になり少しずつゴールが見えてきたような気がします。
今まで、休日返上でひたすら走り続けてきました。
みなさんにとって、永年どの教室でも私の姿が必ずあるのが当たり前です。
しかし、この当たり前を実行するのは至難の事です。
ですから、数年後42,195キロ走り終えてゴールに飛び込んだら全てから開放され
悩みも苦しみもなくなります。
それまでに一人でも多くの方に気の達人になってもらわなければなりません。
このごろ引退の話ばかりされますねと言われますが、ハイ、来月で引退しますと
言ったら混乱を招きます。
こんな事は数年がかりで取り組まなければなりません。
みなさん時間は待ってくれません。
難病になって教室を訪ねてきても、もうとっくの昔に教室はなくなってたという
事が現実になる日が必ずくるのです。
みなさん、のんびりしておれません。
頑張ってください!